熟年自転車ひとり旅「ユーラシア大陸横断ツーリング」 後編(2011年7月1日〜10日)
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7月1日〜10日 7月11日〜20日 7月21日〜31日
はじめにスタートまでの出来事を書いておきたいと思います。インターネットでローマ行きの片道の格安航空券を探したがみつからない。
ある旅行会社に行くと、片道航空券では入国できないと言って断られる。次にJBTに行くと、中国国際航空の成田発北京乗り継ぎローマ行の予約が取れる。
ところが後日電話があり、片道航空券では入国できない恐れがあるのでビザを取ってくださいと言われる。
イタリア大使館に電話すると、日本人は90日間ビザなしで滞在できるので観光ビザは出していない。
ローマのパスポートコントロールの係官に質問された場合には旅行目的をよく話してくださいと言われる。jtbにこのことを話し航空券を購入。
ところが4月に入ってjtbから電話があり、中国国際航空の成田ー北京の時刻変更があり、乗り継ぎができなくなったというので、これをキャンセル。
アエロフロートの成田発モスクワ乗り継ぎのローマ行があると言われ、これを購入。
アエロフロートの搭乗手続の時間と自転車の持ち込みの話をすると、自転車については乗せられるかどうかロシア本国に問合せ、後日回答すると言われる。
結果は乗せられることになったが、こんなことはその場で即決してもらいたいものだと思う。
出発前に以上のような面倒なやりとりで疲れた。
7月10日(日) 晴
アルマトゥ〜カプシャガイ
走行距離:83.37q

今日は病み上がり後はじめての走り。暫く走っていなかったので身体は軽く感じるが、力がはいらない感じ。
スタートして30qは商店や民家やバザールがあったが、その後はカプシャガイまでは畑と草原の中の一本道。片側2車線の道路だが、
これまでと違い交通量が多いので慎重に走る。正午少し前食堂が3軒かたまってあったので、少し時間が早いがそのうちの1軒で昼食。ブロフとチャイを注文。
ところが注文していないサラダがでてきた。注文していないというと日本人、サービスだという。嬉しいサービスだ。ここで食事をしてよかった。
その後はカプシャガイまで、中央分離滞を挟んで、反対車線側にはレストランと売店が1軒、ガソリンスタンドが2軒あっただけで、
こちら側には閉店したガソリンスタンドが2軒あっただけだった。15時頃日陰があったので休んでいると、日産車が止まり、いろいろ話しかけてくる。
話しの様子ではどうやら日本車はいいと言っているようだ。別れぎわに1.5Lのジュースを手渡してくれる。16:30カプシャガイに到着。
レストランでホテルはないかと尋ねると、1qほど戻ったところにあるという。ここでミネラルウォーターを買って話しをしているうちに、
レストランの脇の空地にテントを張ってもいいということになり、ここで泊まらせてもらう。当然のことながら夕食はレストランで。
ご心配をおかけしましたが、今日の走りの状況から、心配だった体調も復調したようです。
写真はアルマトゥから見た雪がまだ残っている山々。
携帯のカメラなのでよくわからないかもしれません。
7月9日(土) 晴
アルマトゥ滞在
昨日の訂正をお願いします。原田を金田に8時に朝食をとって、金田さんがヒシュケクへ行くのを見送ったあと、中国までのルートを検討。
バスルートでもあるカブシャカ貯水地を通るコースがよさそうなので、このルートでコルガスから中国に入国することにする。
昨日に引き続きバザールに行く。ここでで昼食。キャンプに備え食材を購入。ホテルに戻って自転車の整備。
昨日はドミトリーに日本人2人だったが、今日は私1人。夕食のとき体調をみるため、ためしにビールを飲んでみる。
これで体調が悪くならなければ、明日からまた走りはじめることにする。
7月8日(金) 晴
〜アルマトゥ

22時タラズからバスでアルマトゥに向かう。アルマトゥ近くから交通渋滞、予定より15分遅れ8:15到着。心配だったトイレは大丈夫だった。
タクシーが客引きをしている。最初のいい値は3000テンゲ、最終的に折り合ったのが1500テンゲ。折り合うまでずいぶん時間がかかった。
9:30ホテルに到着。この時間でもチェックインできた。すぐトイレへ。便もようやく固形化してきた。ホテルでは広島から世界を旅行中の原田さんと同室。
アゼルバイジャン以来の日本語での会話でリラックスする。バスではよく眠れなかったので、ベッドに横になっているといつのまにか寝てしまい、
目が覚めたのが12:30。すぐバスでバザールに行き昼食。ヨーグルトがうまい。広いハザールを歩いてキャンプ時の食材を下見。
アルマトゥをスタートする直前に買うことにする。韓国の惣菜コーナーで巻き寿司を売っていたので夕食にと購入。次にカザフスタン民族楽器博物館へ。
建物自体がロシア風木造建築物で興味を引かれる。中には多くの収蔵品が展示されているが、特に興味を引かれたのは、
ドンブラという指で弾く二弦楽器とコブズという弓で弾く弦楽器。どんな音色がするのだろうか、聞いてみたいものだ。
ホテルに戻って巻き寿司の夕食。久しぶりの寿司に満足。
写真はカザフスタン民族楽器博物館
7月7日(木)
食欲がでてきてだいぶ体調が良くなってきた。午前中に自転車を輪行できるように準備。
食事もいつものように普通に食べたが、トイレは午前中2回、午後1回。昼食後はベッドに横になって静養。
15時バスの発車時刻かは少し早いが、満席なるといけないので、ホテルにタクシーを呼んでもらってバス停へ。
タクシーに乗る前にバス停までの時間と料金を確認すると、ホテルでいうことと全く違う。
ホテルでは40分、1000テンゲ。運転手は10分、500テンゲ。
早く着いて安いにこしたことはないが、あまりにホテルの言っていることが違うのでバスの発車時刻が心配になる。
バス停に着いて発車時刻と運賃を確認すると、ここでもホテルの言っていることがでたらめなことがわかる。
発車時刻は18時、運賃は1000テンゲ。バス会社では発車時刻は20時、運賃は3段階あって2500、2000、1500テンゲ。
自転車は500テンゲ。運賃はまだしも、発車時刻が4時間も違う。まだ15:30。20時までどうやって時間を潰せばいいんだ。
ホテルにもんくを言いに戻ろうか。大荷物があるのでどこへも行けない。
仕方がないので待合室で待っていると、バス会社で気の毒に思ったのかベッドのある部屋に案内され休ませてくれる。
ここでゆっくりさせてもらい、19時バス会社のレストランでラグメンの夕食。日本のうどんに似ていてうまい。
その後も発車時刻までベッドで休ませてもらう。どうやらトイレは大丈夫そうだ。その時はその時と覚悟を決めてバスに乗り込む。
7月6日(水) 晴
タラズ滞在

昨夜はひどい下痢でベッドとトイレを行ったり来たり。ほとんど眠れぬままに一夜を過ごす。日本から持ってきたクレオソートを飲んでも効かない。
単なる下痢であればいいが、心配なのでホテルで病院か薬局がないかと聞いたが、どうもないようだ。
こんな調子では走れないので、もう1泊して様子をみることにする。原因はガソリンスタンドでの湧水か、果物を洗うところがないのでそのまま食べたことか。
炎天下、上り基調の道で体力を消耗し、抵抗力が落ちていたからか。食欲ない。朝食はパンと水。少しよくなったがまだ何度もトイレに行く。
昼食はパンとジュース。午後はトイレは3回。夕方になってようやく食欲がでてきた。近くの大型スーパーで買い物。
夕食はパン、鳥の照り焼き、ゆで卵、蒸かしたじゃが芋、キムチ、コーヒー。これだけ食べたが夜のトイレは2回。
ただ全ての養分が体外に流れ出てしまったような感じで力がはいらない。これからアルマトゥを目指すわけだが、途中にはガイドブックにも載っていない町が続く。
ホテルがあるかどうかもわからない。途中で体調が悪くなった時のことを想定して、安全策をとってアルマトゥまではバスで行くことにする。
ホテルでバスの時間を調べてもらうと18時の夜行。今日はまだトイレが心配なので明日のバスにし、ホテルに滞在し体調を整えることにする。
7月5日(火) 晴
バンノブカ〜タラズ
走行距離:104.87q

朝テントからでると遠くにまだ雪が残った山々が見える。日中は暑さが厳しいが朝夕は涼しく爽やかな感じだ。
今日はスタートして70qは草原のなかの緩やかな上りの一本道。時速は10〜12q。
途中で水を買おうと立ち寄ったガソリンスタンドには湧水がある。飲んでも大丈夫と言われ、この水を汲ませてもらう。
無補給地帯が続き、食堂がない。道路沿いでチェリーに似た果物を売っていたので買ってみる。甘酸っぱくてうまい。
スタートして70qを過ぎるとかなり走りやすくなる。時速は18〜30q。このくらいのスピードだと精神的にも肉体的にもリラックスできる。
チャイハナがあったので寄ってみる。中国人と聞かれる。隣が中国なのでカザフスタンでは中国人と聞かれることが多い。
日本人と答えると、こんにちはと日本語で挨拶される。チャイを飲んで、支払いをしようとするとお金のはいらないのジェスチャー。
嬉しいサービスだ。85qをすぎた辺りで、追い越して行ったトヨタ車が止まって、運転席から日本人、サムライと声をかけられ、1Lのコカコーラの差し入れ。
冷たくてうまい。タラズの手前10qのガソリンスタンドで安いホテルをしらないかというと、ホテルカッピーというのがあるという。
タラズに入ってすぐ目についたのでこのホテルに宿泊。
7月4日(月) 晴
シムケント〜バンノブカ(?) シムケントから70q
走行距離:71.19q

ホテルの朝食が8時から、そのためいつもより遅い9時スタート。カザフスタンに入ってから日をおうごとに上りがきつくなってくる。
スタートして30q民家や店がある。次の30〜50qはいつものように草原で民家や店が全くない。
運悪くちょうどこの間に昼食の時間、持参のパンでしのぐ。
その後明日の宿泊予定地タラスまでの距離を100q程度にしておこうと走っていると、民家が続きなかなか適当なキャンプサイトがみつからない。
そんなとき道路沿いでスイカを売っているおばさんに手招きされる。自分の座っている長椅子の隣にすわらせられる。
キャンプサイトを尋ねるとまだかなり先に行かないとないようだ。暑いのでスイカがうまいと思うが大きすぎてとても食べきれない。
ためしに50テンゲ分切ってくれないかというと、1/4の大きさに切ってくれる。
こんなには食べきれないというと、そのくらいは食べないとというゼスチャー。頑張って食べてお腹がいっぱい。でも本当にうまい。
その後少し走ると川沿いにテントサイトを見つけ、ここでキャンプ。裸になって川で水。
写真はテントサイト
7月3日(日) 晴
カズグッズ〜シムケント
走行距離:80.35q

昨日に引き続き写真のような草原の中の一本道をシムケントに向かう。昨日より上りが多い。
途中飲み物の店が1ヵ所に数軒あっただけで、あとは何もない。道路がバイパスのようになっていて、町中を走ることがない。食料や水の補給ができない。
暑さが厳しく乾燥しているので水の補給には気をつけないといけない。
食堂もないので、途中にあった屋根とベンチのあるバス停で、パン、蜂蜜、干し葡萄、チーズ、コーヒーで昼食。暑さが厳しくこんなものしか持てない。
16時シムケントに到着。ホテルに荷物を置いたあと近くのバザールへ。明日はキャンプを想定して食料を買い込む。
アゼルバイジャンとウズベキスタンでは警官の検問が厳しいのでキャンプをしなかった。
久しぶりのキャンプでガソリンストーブが正常に機能するかだ。そのことも想定して食料の準備をしたので水さえ確保できれば問題はない。
7月2日(土) 晴
タシュケント〜チェルニャエフカ(ウズベク側)〜シベック・ジョル(カザフ側)〜カズグッズ
走行距離:60.55q

タシュケントは警官の検問がひどいので、すっかり観光をする気をなくし、カザフスタンを目指すことにする。ウズベクの国境で残りの2200スムを菓子を買って使いきる。
ウズベク側の出国審査では、滞在登録が1日分ないので少し緊張したが、滞在登録のチェックはなく、何も聞かれなかった。
ガイドブックでは最近滞在登録のチェックが厳しくなっていると書いてあったが、そんなことはなく、多分ホテルが代行するなど、制度自体がけいがい化しているのではないだろうか。
税関では申告書の申告で混乱している。私は事前に調べてあるので、用紙をもらいに行くと、係員が俺の隣に座れと言って代筆してくれる。
簡単な書類だからありがた迷惑だ。書きながら雑談が多く遅い。日本はツナミで大変だろうとか、カメラの欄を見て、カメラはなにを使っているかだとか、とにかく雑談が多い。
ここでかなり時間がかかる。次にx線検査。フル装備の自転車から荷物を全て外してひとつひとつ装置にかける。
荷物のセッティングが大変なんだよな。次にカザフの入国審査でも、税関でウズベク同様のx線検査。いいかげんにしてくれ。
結局出入国検査に1時間30分もかかりうんざりだ。それと時差が−4時間から−3時間になった。カザフに入ってすぐにドルからテンゲに両替。
水をノーガスと言って買う。ところが飲んでみるとガス入。この程度の英語が通じない。草原の中の上り基調の日陰のない単調な一本道を走る。
キャンプをしたいが店も何もないので水を補給できない。そんななか草原の中にぽつんと1軒ホテルがあったので泊まることに。
まわりに何もないので、なんでもいいから夕食を作ってくれないかというと、ホテルの家族と一緒に食べないかと言われ、ご馳走になる。
7月1日(金) 晴
タシュケント滞在

ビザ取り2日目。昨日同様徒歩と地下鉄で中国大使館へ。今日もアリシェール・ナウ゛ォイ駅でまた検問。
中国大使館では昨日一緒だったイングランドのサイクリストと今日も一緒になる。申請書の記入が細かくなって、中国語と英語なのでこのサイクリストに確認してもらう。
2ヵ所指摘される。1ヵ所は過去1年間に訪れた国の記入漏れ。つづりがわからないので、彼につづりを聞きながら記入。
もう1ヵ所は滞在期間が30日となっているがそれでいいのか。私は90日を申請するという。
ガイドブックでは、30日を超える場合はしょうたいじょうやレコメンタレターが必要となっていたので30日としておいた。
申請時に聞いてみると90日でもいいと言われ、90日に訂正して申請。ただし発行の日(7/1)から90日。帰りにオイベック駅でまた検問。
今日はパスポートがないということで別室に連れて行かれ事情聴取。事情聴取と言ってもこちらは英語、相手はウズベキスタン語。
お互いに言っていることがわからない。何度も中国語と英語の預かり証を見せ、中国ビザの申請中で、パスポートは中国大使館に預けてあると英語で繰り返し説明するがわからない。
1時間以上もそんなことの繰り返しでもううんざりする。ついに相手がわかったのかあきらめたのかわからないが、椅子から立ち上がって握手を求めてくる。
握手なんかする気にならない。むしろふざけるなという気持から、とぼけて握手をせずにその場を離れる。昨日も今日もバスポートがないのでどこへもでかけられない。
ホテルで明日の税関申告のため所持金を調べたり、パンクしたチューブのことを思い出して修理をして過ごす。
ビザは17時交付だが、また検問で遅刻をするといけないので、ホテルにタクシーを呼んでもらって出かける。2間でカザフスタンと中国のビザを取得。
これでルート上のビザは全て取得。ある程度余裕を持って走れる。あとは体調と自転車の調子だ。
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