熟年自転車ひとり旅「ユーラシア大陸横断ツーリング」 後編(2011年6月22日〜30日)
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はじめにスタートまでの出来事を書いておきたいと思います。インターネットでローマ行きの片道の格安航空券を探したがみつからない。
ある旅行会社に行くと、片道航空券では入国できないと言って断られる。次にJBTに行くと、中国国際航空の成田発北京乗り継ぎローマ行の予約が取れる。
ところが後日電話があり、片道航空券では入国できない恐れがあるのでビザを取ってくださいと言われる。
イタリア大使館に電話すると、日本人は90日間ビザなしで滞在できるので観光ビザは出していない。
ローマのパスポートコントロールの係官に質問された場合には旅行目的をよく話してくださいと言われる。jtbにこのことを話し航空券を購入。
ところが4月に入ってjtbから電話があり、中国国際航空の成田ー北京の時刻変更があり、乗り継ぎができなくなったというので、これをキャンセル。
アエロフロートの成田発モスクワ乗り継ぎのローマ行があると言われ、これを購入。
アエロフロートの搭乗手続の時間と自転車の持ち込みの話をすると、自転車については乗せられるかどうかロシア本国に問合せ、後日回答すると言われる。
結果は乗せられることになったが、こんなことはその場で即決してもらいたいものだと思う。
出発前に以上のような面倒なやりとりで疲れた。
6月30日(木) 晴
タシュケント滞在

徒歩と地下鉄でカザフスタン大使館へ。いきなりオイベック駅で警官から検問を受け、パスポートの提示とバックを開かせられる。
アリシェール・ナウ゛ォイ駅で警官にカザフスタン大使館への道を聞くと、反対方向を教えられ、駅から徒歩5分のところを15分もかかってしまった。
8:45大使館に着くと既に40人が待っている。私は名簿の41番目。今日申請ができるのか心配になる。ところが外国人は優先して申請受付が行われ、すぐに呼ばれる。
申請が受理されたものの、交付は3営業日目、間に土日があるので7/4だという。明日中国ビザの申請をするので、パスポートを返してほしいというと、今日の17時に交付してくれるという。
いい大使館員に出会って幸運だった。次に明日申請をする中国大使館の場所を調べておこうと行ってみると、申請書が変わったという。
日本でインターネットで打ち出し、用意しておいた申請書A4の表裏1枚がA4の表裏3枚に。複雑になり面倒だ。
ホテルに戻って中国ビザ申請書の作成。17時にカザフスタンのビザの交付を受けに行こうとするとオイベック駅でまた検問。
パスポートをカザフスタン大使館に預けてあることの説明が大変。やっと納得してもらった。大使館でのビザの交付も外国人優先ですぐ交付される。
帰りにナウ゛ォイ駅のホームに行くと、サマルカンドのホテルで同宿だった女性とばったり出会う。明日ロンドンに行くという。
オイベック駅でまた検問。この町はどこへ行っても警官だらけ。検問がこう多いとうんざりだ。
6月29日(水) 晴
グリストン〜タシュケント
走行距離:118.3q

風もなく、道路状況も比較的良く、安心して走っていると、正午近くに突然ハンドルをとられふらつく。前輪がパンク。
今回のツーリングで2回目。パンクをなおすのは、チューブを代えればいいだけで簡単だが、フル装備の荷物を取り外したり、取り付けるのが面倒くさい。
チューブを交換していると、農作業をしていた人たちが、近くに寄って来て話かけてくる。
暑いところで面倒なことをやっているとき、興味本意で、わからない現地語で話かけられるといらいらする。
チューブを取りかえ、あとの作業を後回しにして、食事をはじめるとやっととうざかる。人がいなくなったところで、落ち着いて前輪と荷物のセッティングとブレーキの調整。
16時タシュケントに到着。ウズベキスタンをほぼ走り終わった。ガイドブックに載っているホテルハドラに行くと電気が消えていてとても暗い。
受付で尋ねるとシャワー、トイレ共同で22000スム。安いけれども、どうも泊めてやるというような雰囲気だ。
部屋を見せてもらうと、共同のトイレがあまりに不潔で泊まるのをちゅうちょする。受付に戻るとパスポートと全ての滞在登録を見せろという。
1日分滞在登録がないと、問題ありで泊められないと、宿泊を拒否される。古いソ連の体質のホテル、首都でいまだにこんなホテルがあるとは驚きだ。
暑さと疲れで、安いホテルを探すのが面倒なので、ガイドブックに載っているカードが使える近くのホテルに行ってみる。ここでもパスポートと滞在登録を見せろという。
タシュケントのホテルはどこもそうなのだろうか。1日滞在登録がないというと、問題ないという。ホテルの話では自転車の場合、定かではないが3日程度は大丈夫そうだ。
この3日間350q以上走った。自分でもこの暑いなか良く走ったと思う。明日からはカザフスタンと中国ビザの取得だ。
6月28日(火) 晴
ジッザフ〜グリストン
走行距離:127・68q

できるだけタシュケントの近くまで走ろうと7:30スタート。10:30通りかかった町でバザールがある。
暑いのでジュースを買って飲んでいると人だかりができる。正午近くに通りかかった町にもバザールがある。
ちょうど昼どき、ここで昼食。いずれの町もガイドブックには載っていない町。フル装備の自転車にヘルメットをかぶった日本人。
目立つのはわかる。すぐ日本人日本人と人だかりができる。いろいろ現地の言葉で話かけられ、暑いのと疲れているのにゆっくり休めないのがつらい。
午前中に70q近く走ったので、スタートから100qほどのヤンディエールまで走ろうと思ったが、さらに25qほど先のグリストンまで走ることにする。
17:30グリストンに到着。例によって地元の人に安いホテルはないかと尋ねると、この人は英語で答えて、自転車をクルマに積んでホテルまで連れて行ってくれる。
ところがこのホテルは60000スム、円で4000円。私にとってはとても高い。でもクルマに自転車を積んで連れてきてもらって断わるわけにもいかない。
交渉の結果50000スムで泊まることに。ホテルとの交渉に気をとられ、お世話になった人の名前も聞かず、
写真を撮らせてもらうのもついうっかりしてしまった。以後このようなことがないようおおいに反省。
6月27日(月) 晴
サマルカンド〜ジッザフ
走行距離:110.36q

ホテルから穴ぼこだらけ、つぎはぎだらけの悪路を6qほど走って、ようやく幹線道路へ。
ここからはウズベキスタンに入ってはじめて、比較的舗装も良く、景色を見ながら安心して走れる。
ただ畑ばかりの単調な景色。道路の状況が良いのに、残念ながら緩やかな上りが続き、しかも向風、時速は10〜13q、我慢の走りだ。
10:30頃休憩していると、農作業をしていた人がリンゴを二つ持ってきてくれる。
なんと言っているのか言葉はわからないがうれしい差入だ。午後からは進路が少し北に向かったため、向風ではなくなりスピードアップ。
ジッザフの標識が出ているところからは、写真のような岩山に囲まれた道路。とにかく暑い。
脱水症状を起こさないように、水分の補給に注意しながら、休みを多くとりながら走る。ジッザフの町に近付くと蜂蜜と飲み物の販売が並んでいる。
ジャムはもたないが、この暑さの中で売っているのだから大丈夫だろう。ナンにつけてたべてみようと蜂蜜を購入。
16:30ジッザフに到着。地元の人に安いホテルはないかと尋ねると、クルマのあとについてこいと言って、ホテルまで案内してくれる。
なんとホテルはシャワー、トイレ、テレビ付きで15000スム。安くて助かる。ホテルの近くにバザールがあったので、ここで夕食。明日の食料もついでに購入しておく。
6月26日(日) 晴
サマルカンド滞在
午前中は観光。先ずグリ・アミール廟へ。サマルカンドでももひときわその青さが引き立っている。規模も壮大だ。
次にルハバッド廟へ。茶色いレンガが剥き出しになっている。青の都と呼ばれるサマルカンドでは珍しいが、それなりに味わいがある。
レギスタン広場で新婚さんに出会う。花嫁さんがとても美しいので、写真を撮らせてくれというと、気持良くポーズとって撮らせてくれる。
午後は明日からの走りに備え、自転車の手入れ、洗濯、荷物の整理、買物。先ずバザールでナンと干しぶどうを購入。スーパーでコーヒーを購入。
肌を射すような陽射しと暑さのため、バターはお湯になってしまうし、チョコレートは液状化、果物はすぐいたんでしまうし、
ジャムも腐ってしまうだろうから、何も持てない。それで非常食様にナンなどを買ってきたのだ。
ホテルに戻ると自転車が3台置いてある。3台とも変速機とブレーキはシマノ、サドルはブルックス。
そして羨ましいことに1台に取り付けられたハンドル、前後輪のバック類は全てオルトリーブ。
こんなのが欲しいと思っていたが、高価だから我慢していたやつだ。
久々にサイクリストと同宿。ポーランドの男性、ニュージーランドのカップル。いずれもタシュケントまで走るという。
ルートは同じでも、ポーランドの男性はまだ走り出す日が決まっていない。ニュージーランドのカップルはこれから観光。私は明日スタート。
残念ながら日程が合わず一緒に走ることができない。
6月25日(土) 晴時々曇
サマルカンド滞在
午前中サマルカンドから26qのところにあるウルグットのバザールへ。レギスタン広場の近くからマルシュルートカで。
ウルグットへ近付くとクルマが大渋滞、バザールも物凄い人出だ。
色とりどりの衣類、金物、調味料、野菜、果物、ナンなどの食料品、そしてスザニ。雑ぜんとして、まさにシルクロードを思わせる雰囲気だ。
お目当てのスザニの売り場に近付くと、スザニを開いて数人が近寄ってくる。売り込みが凄い。テーブルクロスとクッションカバーを購入。
帰りはどこでマルシュルートカにのったらよいか場所がわからない。
警官がいたので尋ねると、ここで待っていろといい、通りかかったクルマを止め、レギスタン広場まで乗せてくれるように頼んでくれる。
一般のクルマ、いくら払えば良いかわからない。マルシュルートカが2500スムだったので2000スムを手渡すと、握手をしてきたので、多分それでよかったのだろう。
午後は先ずシャービズィンダ廟群へ。今も巡礼に訪れる人が絶えない場所。タイルの装飾の美しさに圧倒される。
次にシャブ・バザールへ。ウルグット・バザールに比べ整然とした感じだ。ナンを買ってみる。もちもちとした食感でそれだけで食べられる。
次にビビハニム・モスクへ。巨大なモスクで、規模の大きさに迫力を感じる。次に昨夜ライトアップされたメドレセへ。
ウルベク・メドレセはレギスタン広場にたてられた最も古い建造物。
シェルドル・メドレセは入口にイスラムのタブーを破って、ライオンが人面を帯た日輪を背に描かれている。
ティラカリ・メドレセは修繕に3kgの金が使われたという礼拝所の美しさに息を飲む。
観光から戻ると、日本人女性、中国人男性、イタリア人男性が中庭で休んでいてよびとめられる。暫く自転車の話しをする。
年齢を聞かれ感心される。たいしたことではなく、誰でもこんなツーリングはできると話す私は1日100q程度走るけれども、それが大変と思えば50qにすればいい。
無理のない走り方をすれば誰にでもできることという。
写真はシェルドル・メドレセ
6月24日(金) 晴
カッタクルガン〜サマルカンド
走行距離:89/64q

今日も舗装道路とはいえ悪路。このままタシュケントまでこんな道が続くかと思うと、暑さも厳しいしうんざりだ。
道路沿いには小さなリンゴとブラム売りが並んでいる。プラムを500スム分買ってみる。結構な量だ。昼頃になっても食堂もマーケットもない。
日陰を見つけ、ナン、蜂蜜、プラム、コーヒーで昼食。サマルカンドに1533時に到着。
レギスタン広場の近くでホテルを探してウロウロしているとホテルの人から声をかけられる。
1泊朝食付きで10ドル。部屋を見せてもらって即決。サマルカンドの観光は何日みておけばいいかと聞くと3日という。
3日予約するので10%オフというとok。この町の地図がないかと尋ねているところに日本人が、鹿児島で高校の校長で5年前に定年退職、
現在はウズベキスタンの日本語講師と鹿児島の志布志で民宿を営んでいるという。彼から夕食を誘われ、
近くのレストランでビールとワインを飲みながら夕食。このホテルに5日ほど泊まっているということで、この町のことをいろいろと話してくれる。
久しぶりに日本語が話せてリラックスできた。支払いはワリカンでというと、明日帰国するので、今持っているスムを使い切ると言って、全て支払ってくれる。
このあと21時にレギスタン広場の隣のメドレセがライトアップされる。昼間と違い青いタイルが幻想的で雰囲気があって素晴らしい。
6月23日(木) 晴
ナボイ〜カッタクルガン
走行距離:86.03q

今日も昨日に引き続きひどい状況の道路をカッタクルガンを目指す。
心配したブレーキは正常に機能している。この状態がずっと続いてくれればいいが。途中正午近くに通りかかった町のバザールへ立ち寄ってみる。
道路沿いでスイカを売っているのをよくみかけ、一度食べてみたいと思っていたが、大きくて一つは食べきれないので買うのをやめていた。
このバザールで500スム分を切ってくれというと、切ってくれる。甘くてうまい。ただこの町に日本人が来るのは珍しいのだろう。
日本人日本人と言って人だかりができてしまう。15時カッタクルガンに到着。銀行でドルをスムに両替。
地元の人にホテルを聞いて行ってみると、今はもうホテルはやっていない。自転車店、ミニマーケットスポーツジムになっている。
この町には他にホテルはない。ホテルはサマルカンドまで行かないとないという。自転車の組み立て場所の奥にはベットがある。
そこでよければ5000スムでどうかと言われ、泊まることに。サマルカンドは70〜80q先だろうからやむおえない。
6月22日(水) 晴
ブハラ〜ナボイ85.07q道路は部分補修はしてあるものの、穴があったり、凸凹だらけで相当ひどい状態のところが多い。
そのうえに向風。時速は12〜15q。信号もない畑の中の平坦な一本道。交通量が極端に少ないのが救いだ。
スタートして1時間ほど走ったところでペダルが重く感じる。
ブレーキでも当たっているのかと止まってみると、フォークとブレーキに取り付けた右側のキャリーのビスが抜け落ちている。
ブレーキの部品も一部なくなっている。とりあえずキャリーは針金で応急処理。ブレーキはリアブレーキだけで走る。
交通量の少ない、平坦な道なので走るには支障がない。町中と急な下り坂は慎重に走ることにする。
ナボイまで50q地点にさしかると、道路沿いに水を売っているが多くなる。このあたりから道路の両側は砂漠のような感じだ。
ナボイまで35q地点で追い越して行ったトラックが止まり、人が降りている。通り過ぎようとすると止まれの合図。
そしてミネラルウォーターを手渡してくれる。どこまで行くのと聞かれたので、ナボイまで行ってホテルに泊まろうと思っているというと、
自分たちもナボイに帰るところだ、よかったら暑いから乗って行かないと言われ、喜んで乗せてもらう。
活字にすると言葉がよく通じていると思われるかもしれないが、ボデイランゲイジでのやりとりが多い。
例えば自転車を荷台に乗せるしぐさだとか、人が荷台に乗るかっこうとかだ。男性3人が座席、子供と私が荷台。
荷台といっても、運転席の後ろと荷台の後ろに小さい窓があるだけで、まわりが囲まれ外は見えない。
どんな状況のところを走ったのかわからない。ナボイの町の入口まで乗せてくれる。暑いので助かった。
お礼を渡そうとすると受け取らず、あっという間に走り去ってしまった。名前も聞けず、写真も撮ることができなかった。
ナボイに着いて地元の人に聞いたホテルに行くと、満室といって断られたが、そのホテルの紹介のホテルに宿泊。
ホテルでブレーキの修理。フォークからブレーキを全て取り外し、はじめから取り付け直すと復活。
明日実際に走ってみてどうかだ。
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