熟年自転車ひとり旅「ユーラシア大陸横断ツーリング」 後編(2011年6月11日〜21日)
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7月1日〜10日 7月11日〜20日 7月21日〜31日
はじめにスタートまでの出来事を書いておきたいと思います。インターネットでローマ行きの片道の格安航空券を探したがみつからない。
ある旅行会社に行くと、片道航空券では入国できないと言って断られる。次にJBTに行くと、中国国際航空の成田発北京乗り継ぎローマ行の予約が取れる。
ところが後日電話があり、片道航空券では入国できない恐れがあるのでビザを取ってくださいと言われる。
イタリア大使館に電話すると、日本人は90日間ビザなしで滞在できるので観光ビザは出していない。
ローマのパスポートコントロールの係官に質問された場合には旅行目的をよく話してくださいと言われる。jtbにこのことを話し航空券を購入。
ところが4月に入ってjtbから電話があり、中国国際航空の成田ー北京の時刻変更があり、乗り継ぎができなくなったというので、これをキャンセル。
アエロフロートの成田発モスクワ乗り継ぎのローマ行があると言われ、これを購入。
アエロフロートの搭乗手続の時間と自転車の持ち込みの話をすると、自転車については乗せられるかどうかロシア本国に問合せ、後日回答すると言われる。
結果は乗せられることになったが、こんなことはその場で即決してもらいたいものだと思う。
出発前に以上のような面倒なやりとりで疲れた。
6月20日(月)〜21(火)両日とも晴
バクー空港〜タシュケント空港〜タシュケント駅ブハラ駅〜ラビハウズ

昨日大司さんがホテルに私を訪ねて来た。一度目は私がいなかったようで、部屋のノブに置き手紙とビールが置いてある。
すぐ彼の泊まっているホテルに電話したが、彼からなかなか電話が来ない。21:30ドアをノックする音が。
大司さんが電話があったことを聞いて訪ねて来たのだ。トルクメニスタンにいまだにスタートできないでいるという。
旅行会社との意思の疎通が上手くいかないと悩んでいる。
もしトルクメニスタンがダメな場合はタシュケントかウルムチまで飛んで、そこから走りだそうと思っているという。
22時頃まで話したが、私が彼のてだすけをすることがない。20数万円も支払ったのだから諦めず、粘り強く旅行会社と話しを続けるようにと言って励ましておく。
トルクメニスタンのビザ関係は皆大変のようだ。今日はタクシーでバクーのヒナ空港へ。
荷物が予想どおり重量オーバー。サービスしてくれと言ってみたが全然ダメ。カードで支払おうとするとマナトかドルの現金だという。
57ドルを現金で支払う。首都の国際空港でカードが使えない。この国はまだカードのシステムが機能していないようだ。
残りの6マナトは空港で紅茶と菓子を買って使い切る。アゼルバイジャンの出国と税関は質問なし。ウズベキスタンの入国は質問なし。
税関では申告書を見て、日本円をドルに換算するといくらかと聞かれ、1ドル80〜90円と適当に答えて終わり。
タシュケントからブハラへの飛行機は明日の7:30。早い時間で厳しいので、タシュケント駅から夜行の寝台列車で行くことにする。
タシュケント駅での乗車券の購入にはカードが使えた。列車に乗り込む時は、荷物が多いのを見て他の乗客が手伝ってくれる。座席は4人。
トルクメニスタンのおばさん、デカイ声で携帯電話で話しをする。ウズベキスタンの男性、カザフスタンの男性と私。3人は言葉が通じるが、私だけ通じない。
カザフスタンの男性が少し英語を話し、私に会話の内容を話してくれる。ブハラ駅での下車の時も皆が荷物を持ってくれる。
ブハラ駅からタクシーでラビハウズへ。時間は8:30旅行会社でホテルを紹介してもらおうと思ったが、まだ開いていない。
ちょうどホテルの人が通りかかり、ホテルは決まっているのかと聞かれたので、決まっていない。10〜15ドルの安いホテルを探そうと思っていると答える。
25ドルで朝食付きでどおかと言われ、15ドルで泊めてと話しているところへ、今度はホテルの人の妹が通りかかる。
彼女は日本語が話せ、日本びいきのようで15ドルで泊めるように話してくれる。清潔で気持ちの良いホテルに泊まることができて運がいい。
このホテルで部屋の準備ができるまで朝食。午前中は自転車の組み立て。飛行機、列車、タクシーと乗り継いで来たので心配だったが大丈夫。
一ヶ所だけ気になる。フロントのキャリーのネジが右に何回回してもきりがなく回ってしまう。バカになってしまったようだ。
後で外れても部品がなくならないようにガムテープでとめておこう。午後は旧市街地を歩いて観光。
歩いて観光できる範囲にモスクやマドラサなどの見所が数多くある。
特に素晴らしかったのは、カラーンモスクの中庭から見た高さ46mのブハラのシンボル的存在のカラーン・ミナレットと巨大なアーチの両脇に二つの青いドームのミル・アラブ・メドレセ。
青と白のモザイクタイルの植物文様と文字文様の組み合わせが美しい。もう一つは、ナディール・ディバンベギ・メドレセ。
正面入口の色タイルの鮮やかな絵に目を奪われる。鳳凰と人間の顔をした太陽のモザイク。
写真はカラーン・モスクから見た
カラーン・モスクとミル・アラブ・メドレセ
写真はナディール・ディバンベギ・メドレセ
6月19日(日)晴
バクー滞在

アゼルバイジャンに入国してから暑い日が続いている。雨も入国時に少し降っただけで、晴の日が続いている。
明日のウズベキスタン入国に備えて、着ているものを全て洗濯。乾燥しているので乾きが早い。
自転車で走っていないと、こんなつまらないことばかりのメールになってしまう。
今回のツーリングで入国時にはじめて税関申告をするため、所持金の額を調べておく。所持金は円、usドルのトラベラーズチェックと現金。
アゼルバイジャンマナトは、明日ホテルから空港までのタクシー代を支払ったあと、空港で使い切ろうと思う。
日陰は涼しいが陽射しが強いので出かけるのやめ、ガイドブックを読んだりして過ごし、15時過ぎにはシャワーを浴びて、お茶がわりにビールを飲みはじめる。
乾燥しているのでビールがうまい。
6月18日(土)晴
バクー滞在午前中バザールへ。乾燥果物が多い。
いろいろ買いたい果物があるが、明後日からの輪行(自転車を飛行機や列車等に持ち込んで運ぶこと) のことを考え、
荷物を増やさないため我慢。結局野菜不足を補うため、今日、明日食べる生野菜だけを買う。午後は輪行に備え、自転車の手入れ。
今回はすでに3600qほど走ったので前後のタイヤローテーションを行う。後輪の方が減り方が早いので、少しでも長持ちさせるためだ。
次に輪行の準備。荷物が多いので頭が痛い。自転車、フロントバッグ、前後輪の4つのバッグ、キャリーの上のテントと寝袋やエアーマット等の入ったバッグ。
こんなに多い荷物が運べるかだ。とりあえず自転車を輪行できるようにキャリーやタイヤペダル等をはずし、輪行袋に前輪に着けたバッグと寝袋を入れてみる。
この輪行袋、フロントバッグ、キャリーの上のバッグを肩から担ぎ、後輪のバッグ2つを片手で持つ。すごい重さだが他に方法がないのでしょうがない。助けて欲しい。
空港や駅まではタクシーを使って運ぼう。あとは重量オーバーへの対応だ。成田空港のようにまけてくれればいいが。
6月17日(金)晴
バクー滞在郵便局が混まないうちにと、朝9時一番で使わなくなったガイドブックや資料等を、少しでも荷物を軽くしようと自宅に返送。
ホテルに戻って大司さんとこれからの予定等を話し、ウズベキスタン、カザフスタン、中国のどこかで再会できればいいねと言って、チェックアウトするのを見送る。
午後は帝政ロシア以前から存在したという旧市街イチェリ・シャハルへ。城壁に囲まれ、その内側の石畳の通りに、干し煉瓦造りの建物や街並みが保存されている。
バクーのシンボルで高さ30mの乙女の塔は残念ながら修復中で足場が組まれている。
城壁内の最古のムハマド・モスクに付設されたスヌフ・ガラのミナレットでは、今日がちょうど金曜日、金曜モスクが行われている。
今日は気温が高く、イチェリ・シャハルを歩いただけで汗だく。ホテルへ戻って、シャワーを浴びて、横になっているうちに、いつのまにか寝てしまった。観光は疲れる。
写真はイチェリ・シャハル入口のシャマフ門
6月16日(木) 晴
バクー滞在

朝9時一番でこの町の地図をもらいに観光情報センターへ。次に観光会社へ行き、バクーからタシュケント行きの航空券を予約。
午後支払と受領に行くことにする。次に日本大使館でカザフスタンのビザ情報を聞いて、カザフスタンのビザ申請に行こうとしたが、
カザフスタンのビザ関係が、ガイドブックでは月〜金の9:00〜12:00申請、翌日の17:00受取りとなっていたが、現在は火〜金の9:30〜11:30申請、4営業日以降の受取りとなっている。
これでは受取りまでに1週間かかってしまうのでウズベキスタンでとることにする。午後は現在泊まっているホテルシャヌープがダブルで30マナト。
2人で泊まっているので1人15マナト。明日からは一緒に走っていた大司さんがトルクメニスタンに行くので別行動になる。
ホテルも2人でシェアして安く済んだが、これからはまたひとり旅。ホテルもシングルに変わって20マナト。1人だと割高になる。
ガイドブックに載っているホテルアラズが安いので行ってみると、改築され高くなっている。あきらめてこのホテルに泊まることにする。
次に銀行へ行き、昨日引き出せなかったマナトを引き出してもらう。行員が引き出してくれる。これで安心。次にトラベラーズチェックをドルに替える。
次に午前中に予約しておいた航空券を受取りに旅行会社へ。銀行も旅行会社も仕事が遅く、予定していた郵便局へは時間の関係で行けなくなってしまった。
使わなくなったガイドブックや資料を自宅に返送し、少しでも荷物を軽くしようと思ったのに。明日にしよう。
6月15日(水)晴
キュルデミル〜アラト〜バクー
走行距離:126.8q

大司さんが木曜日にカザフスタンのビザを申請し、金曜日に取得するため、できるだけバクーに近い町まで走っておきたいということで7:30の早いスタート。
私はカスピ海沿いの町アラトに泊まるつもり。このため今日はお互いマイペースで走ることにする。道路は今日も原野のなかの単調な日陰の全くない一本道。
日陰がなく昼食をどこでたべようかと、食べる場所を探しながら走っていると、12:30カフェの日陰で先に行った大司さんとバッタリ、ここで昼食。
14時頃から向かい風が強くなる。しかも緩やかだが上り坂。すでに90qほど走っているので厳しい。
そんな中トラックが追い越しざまに、助手席からミネラルウォーターのペットボトルを私に向かって投げてよこす。日陰のない道で嬉しい差し入れ。
17時アラトの町の入口に着くと、もっと先に行っていると思っていた大司さんが待っている。
タクシーの運転手の話だと、この町にはホテルはなく、50q先の町までないという。時間も17時、走行距離もすでに120qを越えている。
タクシーで行くことにする。ところがそのホテルに着いて宿泊料を聞くと340マナト。こんな高いホテルには泊まれない。
もう面倒なのでバクーまでタクシーで行って安いホテルに泊まることにする。70qほど走ってタクシー代50マナト。
バクーに泊まり、近くのatmでマナトを引き出そうとしたが引き出せない。19時を過ぎているので、明日銀行で聞いてみることにする。
両替所はこの時間なのに開いていたのでドルをマナトに両替してホテル代を支払う。今日のツーリングはひどいことになった。
6月14日(火) 晴
イェブラフ〜キュルデミル
走行距離:98.14q

原野の中の平坦な一本道をキュルデミル目指して走る。景色が変わらず、単調な道で飽きる。フロントのギアは今日一日を通してアウター。
自転車のことにあまり詳しくない方のために少し解説しておきたいと思います。私の今回のツーリングで使用している自転車の変速機はフロントが3段、リヤが9段。
フロントの変速機のアウターは自動車でいえば、トップギア、センターがセカンド、インナーがローと思っていただければよろしいのかなと思います。
いつもお世話になっている自転車屋さんのピット ツルオカさん、こんな解説でよろしいでしょうか?ウザールという町の手前でクルマが異常接近。
危ない運転だなあと思いつつ、さらに右端に寄ると、助手席の男が○☆▲□×と言って、スモモを手渡してくれる。このために自転車に近づいてきたのだ。
何と言っているのか、アルベバイジャン語でわからなかったが嬉しい差し入れ。ウザールの町には入らず、先を目指していると道路沿いに果物売りが並んでいる。
そのうちの一人が自転車を止めようとする。果物を売りつけようとするのかと思うと、赤と黄色のサクランボを食べていけという。これまた嬉しいサービスだ。甘くてとてもうまい。
キュルデミルの町の中心部に入ると、すぐモーテルが見つかった。シングル30マナト、ダブル50マナト。当然ダブル。しかも10%オフで交渉成立。泊まることに。
この町も昨日に引き続きガイドブックに載っていない町なので、道を歩いていても、食堂へ入っても、スーパーに入っても、どこに行っても、日本人が珍しいのだろう、
ジロジロ見られたり、声をかけられる。まるでスターだねと大司さんと話す。
6月13日(月) 晴のち曇(11:00〜)
ゲンジェ〜イェブラフ
走行距離:79.83q

今日の予定は70q先のイェブラフまで。
イェブラフを過ぎると、さらに100qほど先のキュルデミルまでホテルのある町が無さそうなので、距離が少し短いがこの町に泊まることにしたもの。
道路状況はほぼ平坦。ゲンジェの市街地から25qほど走ったところで道路工事。凸凹のすごい悪路。自転車で走ることができない。
押して歩いていると、レストランでチャイを飲んでいる客から声がかかり、チャイをいただきながら休憩。
食事をしてゆけと言われたが、さすがに悪いと思い遠慮する。原野の中の平坦な一本道を走って14:30イェブラフに到着。
タクシーの運転手に教えてもらったモーテルへ行くと、日本人がこの町に来るようなことはないのだろう。しかも自転車だ。珍しいのだろう。
モーテルの従業員全員が出てくる。英語は全く通じない。ロシア語の会話集をみながら話すが、発音が悪いのだろう、通じないことがしばしば。
宿泊料など大事なことは会話集を見せてしっかりと確認しておく。モーテルでで宿泊料や食事代を払うと残り20マナト。
ドルは持っているがマナトがない。ビールを飲みたいが我慢。カイドブックにも載っていない町のモーテルなので両替は無理と思ったが、試しに聞いてみると両替してくれるという。
100ドル両替してもらい、アルベバイジャンソムが手に入ったので、ビールとつまみを注文。いい夕食となった。
6月12日(日) 晴のち曇(10:30〜)
カザフ〜ゲンジェ
走行距離:116.65q

朝5時泊めてくれた男が起こしにくる。そして10ドルくれという。
昨夜は金のことは一言も言ってなかったのに。飲んだり、食べたり、泊まって一人5ドルでは安いものなので支払う。金のことより気分が悪い。
早く起こされたので6:15さっさとスタート。昨日に引き続き交通量は少なく、舗装も良い、緩やかなアップダウンはあるものの走りやすい。
ただ犬が多く、吠えられるけではなく、追い掛けられる。一緒に走っている大司さんはバックに噛みつかれる。
バックで良かった。足でも咬まれれたら大変だ。犬には要注意だが、どうやっても避けられない。これから先が思いやられる。
15:30ゲンジェに到着。ガイドブックに載っているホテルに行くと室料が倍になっている。60マナト。一人30マナト、円で2500円程度。
私には少し高いが、大司さんも他のホテルを探すのも面倒というので泊まることにする。
ホテルに荷物をおろしたあと、近くのバザールへ。食料品が安いので、今日の夕食と明日の朝食、昼に食べるところがなかった場合に備えパンを買う。
全部で10マナト、円で800〜900もしない。鷄の丸焼きが絶品。
6月11日(土) 晴のち曇(16:00〜)一時雨(19:00〜20:00)
トビリシ〜カザフ
走行距離:91.62q

5泊6日の民宿タムナでラリに見送られ、8:15カザフ目指してスタート。5日も自転車に乗らなかったので休養十分。身体が軽く感じる。
ところがなんということだ。スタートして10qほどのところで、今回のツーリングで初めてのパンク。チューブを取り替え、パンク修理は宿ですることにする。
グルジアとアゼルバイジャンの国境まで15分のところで、チャイを飲んでゆけと誘われる。
トルコのトラック運転手でラジフさん。トルコのイスタンブールとアゼルバイジャンのバクーの間を荷物の運搬をしているという。
チャイだけではなくナンのようなパンとチーズをすすめられ昼食。パンが美味い。国境では2ラリで菓子を買って、残っていたラリを使いきる。
国境でのグルジアの出国検査は、荷物をチラッとみたあと、パスポートのスタンプを何度も繰り返し見たあと、スタンプを押して終わり。
次にアゼルバイジャンの入国検査へ。自動車が数十台並んでいる横を通りすぐ入国検査へ。
アゼルバイジャンの役人の評判は悪いので緊張したが、とても友好的で、日本人と言って握手を求められる。荷物の検査は全くされなかった。
アゼルバイジャンに入ると、トルコやグルジアとくらべ、極端に交通量が少なくなる。クルマのスピードも緩やか。道路には馬車が走っていたり、馬が歩いていたり、羊の群れが歩いている。
草原と畑の中の舗装の良い一本道をカザフ目指して走っていると、18時ごろカザフ市街地まで5qのレストランで呼びとめられ、
常連らしい客からビールとウォッカを飲みながら、パン、サラダ、ヨーグルトをすすめられ、ホテルが決まってなければ隣の俺の部屋に泊まれと言われ、酒も飲んでしまったので、泊まることにする。
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