熟年自転車ひとり旅「ユーラシア大陸横断ツーリング」 後編(2011年8月1日〜10日)
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はじめにスタートまでの出来事を書いておきたいと思います。インターネットでローマ行きの片道の格安航空券を探したがみつからない。
ある旅行会社に行くと、片道航空券では入国できないと言って断られる。次にJBTに行くと、中国国際航空の成田発北京乗り継ぎローマ行の予約が取れる。
ところが後日電話があり、片道航空券では入国できない恐れがあるのでビザを取ってくださいと言われる。
イタリア大使館に電話すると、日本人は90日間ビザなしで滞在できるので観光ビザは出していない。
ローマのパスポートコントロールの係官に質問された場合には旅行目的をよく話してくださいと言われる。jtbにこのことを話し航空券を購入。
ところが4月に入ってjtbから電話があり、中国国際航空の成田ー北京の時刻変更があり、乗り継ぎができなくなったというので、これをキャンセル。
アエロフロートの成田発モスクワ乗り継ぎのローマ行があると言われ、これを購入。
アエロフロートの搭乗手続の時間と自転車の持ち込みの話をすると、自転車については乗せられるかどうかロシア本国に問合せ、後日回答すると言われる。
結果は乗せられることになったが、こんなことはその場で即決してもらいたいものだと思う。
出発前に以上のような面倒なやりとりで疲れた。
8月10日(水) 曇のち10:30頃から晴
敦煌〜敦煌から90qほどの砂漠の中の橋の下

はじめに書き忘れていたことを2点書いておきます。1点目は、道路標識の件、新疆ウィグル自治区では中国語とウィグル語の併記で、私には読み方がわからない。
甘粛省に入ると中国語とローマ字併記、これで読み方がわかる。2点目は観光施設の入場料の件、莫高窟の入場料は中国人160元、外国人180元。
gdp世界第2位になろうとしているのにこんなことが行われている。よせばいいのに。今日はスタート前に同宿だった中山さんと記念撮影。
彼は1日観光ツアーへ。私は瓜州を目指し、お互い8時スタート。今日のルートも無補給地帯と聞いている。午前中は順調に走って、正午に持参の食料で昼食。その後も無補給地帯が続く。
途中で瓜が数十個落ちている。なんでこんなにいっぱい落ちているいるのだろうかとみると、少し古いようだ。いいのを選んで食べてみるとうまい。
その場でひとつ食べ、重いのでもうひとつだけ自転車に積む。いっぱいあるのにもったいない。12:30頃から強い風が吹きはじめる。向かい風だ。
写真のようなところで風を避けるところがない。時速はこの時から6〜7q。我慢の走りが続く。18:30ついに風に負け、目的地瓜州到着をあきらめ、写真のような砂漠の中の橋の下にテントを張る。
風を避けるところがない道 砂漠の中の橋の下にテントを張る。
8月9日(火) 曇
敦煌滞在

昨夜から飛天賓館のドミトリーで、夏休みをとって大阪からやって来た中山遼さんと同室。久しぶりに日本語で雑談した。
今日は1日観光ツアー。ガイドが同乗しているが、中国語なので何を言っているのか全くわからない。彼女も日本語も英語も全く通じない。
そんな中先ずです鳴沙山(めいさざん)、月牙泉(げつがせん)へ。集合時間は筆談。鳴沙山の谷あいに湧く三日月形の泉はよかった。
シルクロードといえば、月の砂漠をラクダで歩む隊商というイメージがある。実際にラクダに乗って、鳴沙山の砂漠を観光できる。
観光がメインでシルクロードのイメージダウンのような気がするのは思いすぎか。午後からは待望の莫高窟へ。壁画と彫刻が素晴らしい。
特に壁画は内容、保存状態ともに仏教美術の粋をなすもので、「砂漠の大画廊」と形容されるにふさわしいといえる。夜は中山さんと沙州市場へ。
ネオンが素晴らしい。赤色が映えている。そしてなんと月夜だ。生ビールがうまい。
写真は月牙泉 莫高窟は撮影禁止なので写真は入口ふきんの莫高窟の牌楼 写真は夜の沙州市場、月がでている
8月8日(月) 晴
柳園〜敦煌(トンホアン)
走行距離:133.25q

柳園から敦煌までは120〜130q。無補給地帯と聞いていたので、昨日途中でのキャンプを想定して食料や水を購入。
準備万端で7:30いつもより早めにスタート。スタートして75qは写真のような砂漠。でも昨日までとはうって変わって、道路の状態もよく、交通量も極めて少ない。
しかも弱い追い風。久々に気分よく走る。11:15、75qほど走ると西湖という村があり、食堂や商店がある。
村の直前で瓜を買ってひとつ平らげたので食堂があってもまだ食べる気がしない。先を目指す。その後も道路沿いでは瓜や西瓜を売っていたり、時々食堂や商店がある。
途中で道路沿いに瓜が落ちている。大きい瓜だ。昨日買い込んだパンと拾った瓜で昼食。瓜は大きいので食べきれず、もったいないので半分はビニールの袋に入れて走る。
15:00残りの半分を食べたが味は変わらず、うまい。用意万端で走るとこんなものなのか。サイクルメーターが作動しなくなる。
ハンドル側の液晶部分は大丈夫なので、フォーク側の電池を換えると復活。宿に着いて荷物をおろし、自転車置き場へ移動しようとすると、前輪のタイヤの空気があまくなっている。
8回目のパンクだ。パンク修理をして明日以降に備える。夜は沙州市場と商業一条街へ。はだか電球をともした露店が連なり、人々で賑わっている。まるで縁日のようだ。
ここで羊の頭の皮や肉を削いで串に刺して焼いている。ゲテモノかもしれないがうまい。露店でこういうものを食べるのが結構楽しいんだ。明日は敦煌の1日観光ツアーだ。
写真は柳園から敦煌に向かう途中のゴビ灘
8月7日(日) 晴
沙泉子から100qの砂漠〜柳園
走行距離:30.38q

残りの水は500cc。水が少ないことが少し心配が柳園までは30qほど。大丈夫だろうと走りはじめる。今日も昨日に引き続き工事中のところが多い。
自転車が悲鳴をあげている。リム打ちパンクとスポークが折れないか心配。お尻が割れそうに痛い。少しづつ工事をするとかこの工事なんとかならないねかなー。
クルマは窓を閉めればいいけど、自転車はほこりだらけ。参った。道路工事と悪路にうんざり。明日は敦惶を目指すが、120qの無補給地帯が続くという。
今日は明日のことを考え、距離は短いが柳園に泊まることにする。柳園駅前までくるとバンを焼いている。まだ11:30、少し早いが大好きなパンと豆乳で昼食。
駅までの途中に招待所が何軒かあったが、ここですすめられた招待所に泊まることにする。宿泊料は60元を値切って50元で泊まる。だんだんケチになってやだネー。
時間が早いので、工事中の道路で砂だらけになった自転車の手入れ、洗濯、身体も洗濯、明日のキャンプを想定して食料の購入、メールの送信。
あとは中国のビールはうまくないので、ワインはどんな味か買ってきて、昼間から飲んでいる。たまにはこんな日があってもいいよネー。
8月6日(土) 晴
沙泉子(シャセンツ)〜沙泉子から100q地点の砂漠
走行距離:98.86q

昨日の宿泊地は空欄になっておりましたが、今日食堂で聞くと沙泉子という。書き加えてください。昨日に引き続き砂漠地帯が続く。
朝からいきなり30q上り。時速6〜7qで4時間かかってようやく上り切る。砂漠の中の単調な景色の中で、下りのない上りだけの道はきつい。
少し下ると清清峡の町。食堂と商店が並んでいる。ちょうど昼時なので、ここで昼食。今日中に着けるかどうかわからないが柳園を目指す。
端出してすぐ、道路工事にぶつかる。砂漠の中で舗装を剥がしているのですごい砂ほこり。クルマの巻きあける砂ほこりで頭のてっぺんから足の先まで砂だらけ。
工事中でないところは穴ぼこだらけの悪路。クルマは穴を避けて蛇行しながら走っている。危なくてしようがない。
そうそうに柳園はあきらめ、100qほど走ったところでテントを張ることにする。地名はわからないが砂漠のど真ん中でキャンプ。水が少ないことが心配。
8月5日(木) 晴
駱駝園子〜
走行距離:102.84q

スタートしてすぐ砂漠地帯に入る。どこまでも荒涼とした砂漠が続く。スタートして70qほど走ったところにはじめてぽつんと食堂が現れる。
続いて80qほど先にも食堂が現れる。ここから今日の目標の清清峡まではあと50q。
目標を切り替えてスタートから100q地点でキャンプをすることにする。ちょうど100q地点に食堂があった。
ここで夕食をとってキャンプをすることにする。食事が終わって冗談にこの食堂に泊めてくれというと簡単に泊まっていいという。
なんと看板はでていないが、食堂の裏には住宿があった。常連の運転手が泊まっているようだ。運がよかった。
8月4日(木) 晴
吐密(ハミ)〜駱駝園子(ロートシャンズ)

走行距離:74.28q
朝一番でハミ王陵へ。入口で9時の開館を待って入場。
敷地内にはタイルでおおわれた墓、木造の墓、エイティーガール寺院(新疆イスラム寺院の通称)、歴史陳列館がある。
私が素晴らしいと感じたのは、王陵へ行ったのに、王墓ではなくエイティーガール寺院のタイルの外壁。
墓に眠る王様ごめんなさい。今日はハミ王陵へ行ってからの9:30の遅いスタート。
高速道路には入らず、一般国道312号で駱駝園子に向かう。緑も多く、用水が流れ、交通量も少ない。ぶどう畑が広がる。
町や商店街もある。緑が多いためか涼しく感じる。10:30通りがかった店で揚げパンと豆乳のおやつ。ハミ名産の瓜も購入。
正午近くに通った町で餃子とスイカで昼食。今日は雰囲気がよくリラックスして走って駱駝園子に到着。
町に入ってすぐ住宿が3軒あった。1軒目で宿泊料を聞くと20元。即決だ。ドミトリーだが部屋は私一人。
日本人ということで宿が気をつかってくれる。宿の息子が元をドルに替えてくれという。
中国銀行で両替した時の書類を見せ1ドル6.38元がレートと説明すると7元よこしてくる。レートは納得したようだ。
夜今日の記録をつけていると、部屋へ警官が二人やってくる。パスポートチェックだという。何かパスポートをみて記録し、ありがとうと言って帰る。
友好的な態度だったが20:45だぜ。いい加減にしてくれ。

写真はエイティーガール寺院
8月3日(水) 晴
三道鈴〜ハミ
走行距離:82.95q

少し風が強いが、一昨日、昨日のようなハンドルをとられるような風ではない。
ハミまで乗って行けと言われたが、言葉がわからないので、気持ちで丁重にお断りする。
トラックに乗せてくれ、一緒に食事をしたり、泊まったり、すっかりお世話になった張さんたちにお礼を言ってスタート。
午後になると風も弱まる。ハミ50q手前からはほとんど風がなくなる。
このところ、トルファンを中心にの前後の地区では暑さと熱風、ピチャンからの日間は強風に苦しめられた。
そんなわけでメールが乱れたり、遅れてご心配をおかけし、申し訳ありませんでした。
8月2日(火) 晴
ピチャンから73q先の橋の下〜三道鈴 曇
走行距離:46.35q

朝になっても昨日からの風はいっこうにやみそうもない。次の町を目指して走りはじめたが、ハンドルをとられる。
慎重に危ないと感じた時はすぐ下りて慎重に走る。水が少なくなってきた。この区間は大型トラックが多い。
20qほど走るとクルマが長い列をつくって止まっている。ちょうど風よけになって走りやすい。事故で片側通行で渋滞していたのだ。
このため15qにわたり渋滞。事故を起こした運転手には申し訳ないが、風よけで走りやすい。
風よけのクルマがなくなってから、また強い風の中を走り続けていると、ふらふらと走っているのを見かねたのか、
写真のような超大型トラックが止まり、自転車をこのトラックに乗せろという。強い風の中助かった思いだ。
ハミマ迄変圧器を運ぶ途中だという。重い荷物で時速は20〜30q。三道鈴という町で泊まり、明日ハミに行くという。
私も一緒に泊まることにする。食堂と旅館を併設しているところで、よく泊まるのだろか、他の運転手や食堂の主とも談笑している。
宿泊料15元。夕食はビール、3種類のおかず、白米のご飯で20元。ちゃんと安いところのお得意さんになっている。
久しぶりのご飯がうまい。ただし、食堂を併設しているのにトイレはない。青空トイレだ。
8月1日(月)
ピチャン〜73q先の橋の下 晴
走行距離:73.26q
スタートして20qほど走ると、めずらしく樹木がしげり、ぶどう畑が広がる。用水も流れている。
gpsはいつもの高速道路ではなく、一般国道312号をさしている。途中で高速に入るところあったが、gpsに従って走ってみることにする。
緑が多いと涼しい。昨日までの暑さがウソのようだ。10:30七克台という町で、豆乳とあげパンのおやつ。豆乳がうまい。
細かく砕いた大豆の粒が残っている。これがうまさのもとか。45qほど走るとまた砂漠地帯。
50qほど走ると高速と合流、一般道はなくなる。70qほど走ると横風注意の標識が出ている。強烈な風でハンドルをとられる。
危ないので自転車を下りて押すことに。14:30橋の下の日陰で休憩、風のおさまるのを待つ。18:30になっても風はいっこうにおさまる様子がない。
今日は走るのをあきらめ、ここにテントを張ることにする。夕食にガソリンストーブを使おうとするが、あまりに風が強く炎が飛ばされて使えない。
お湯が沸かせないので、パン、クッキー、チーズ、干しぶどう、コーヒーで夕食。テントを張ったがバタバタして、テントごと飛ばされそう。
とうとう一晩中吹き続き、ウトウトしただけでよく眠れなかった。
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